三月五日

比叡の僧

 

今日は本当にすごい絵を見た。「第18回華の墨絵会展」(横浜市市民ギャラリー/3月7日まで)のひとつ、内田美紅氏の「比叡の僧」という作品。

延暦寺の山路であろうか。絵の中では7人の僧が一列に並んで歩いている。作者の筆は、その後ろ姿をしっかりと追う。従って僧らの表情は分からないのだが、剃髪した後頭部の傾きなどから推測されることがある。最後尾の壮年の僧は明らかに前を行く一団をケアしている。中間を歩く老僧は危険な岨路に注意深く目を落としている。その前の僧は遠い峰々に目を遣っている。そんな各僧の視線が思量されるのだ。これが画家の力量というものなのだろうか。

この絵の前でしばし私の目はくぎ付けになった。よく見ているとおかしな錯覚に陥る。僧の列が、この一列の僧列が動き出すのだ。覇気を持って彼らはしっかりと歩いている。小路はじつは手前から下り、途中の僧から登りにかかっているようにも見える。それに7人と言ったが、その先頭は半身に山霧を纏っており、じつはさらにその先にまだ僧が歩いているのかも知れないと思わせる。このあたり、墨絵独特の朦朧性を上手く生かしている。背景の杉の木立も墨絵の利点のみを生かして清冽に描かれている。

こんな絵を私の寝室の壁に掛けたいものだ。佳い夢路に誘ってくれるような気がした。いやいやそう安らけくもないか。作者・内田美紅という方とは面識も知識もないが、スケッチ画布を構えながら、刻々と近づいてくる「比叡の僧」を待つときのドキドキ感、わくわく感は察して余りある。